【藤木伝四郎商店】 桜皮の豊かな表情を日常に。くらし華やぐ樺細工。

樺細工(かばざいく)は、山桜の樹皮を加工して作られる工芸品で、現在は秋田県仙北市角館(かくのだて)に伝わる技術です。桜皮の湿気を避けて乾燥を防ぐ特性と、一本の木型からつくられる樺細工ならではの技法が結びつき、高い密閉性を誇ることから、茶筒や書物を入れる文箱として広く愛されてきました。藤木伝四郎商店の茶筒は、昔からの樺細工の技法をそのままに内側も木のつくりのため通気性に優れており、日本茶だけでなく、紅茶やコーヒー、たいせつな小物の保管にもぴったりです。

樺の仕上げには、灰褐色でざらざらとした、山桜の自然な表情を楽しむことができる「霜降皮」と、職人が手作業で削りと磨きを繰り返すことで光沢が増し、素材としての桜皮となる「無地皮」があります。かつて万葉集や源氏物語でもその美しさが語られていた山桜、昔から贈り物として喜ばれました。霜降皮の自然な表情はまるで一本の桜が姿を現したよう。磨いて美しい光沢をみせる無地皮で作られるアクセサリーは身につけるだけ身も引き締まります。
人の手で触れられることで味わいに深みが増すため、日常的に使い続けてもらうことが一番のお手入れ方法です。長い年月を共に過ごすことで、自然で育まれた表情もツヤを増し、いつの間にか親しみある自分だけの樺細工に。初めて手にとった日の一年後、樺細工の表情とわたしたちの生活はどのように変化しているのでしょうか。そんな楽しみ方も持ち合わせています。
角館に受け継がれ続けた樺細工の伝統を守り続けるため、現代の生活に調和し、華やぎを添えるような、コンテンポラリーなデザインに挑戦し続ける藤木伝四郎商店。桜皮ならではの豊かな表情、そして共に時を過ごす楽しみを、樺細工のあるくらしで体験してみませんか。

育まれた技術、桜のまちで受け継がれていく伝統。

かつて城下町として栄え、今でも多くの武家屋敷が建ち並ぶ秋田県仙北市角館(かくのだて)。春になると枝垂れ桜が咲き乱れるその街並みは、みちのくの小京都と呼ばれ、観光地としても知られています。そんな角館の伝統工芸であり、桜皮細工とも呼ばれる樺細工ですが、同じ桜でも使われているのは山桜の樹皮。

現在の北秋田市から伝わった樺細工は、冬の間の武士の内職として始まり、育まれ、今では角館が唯一の産地として知られています。当時は印籠や薬などを入れる容器が作られ、贈り物として好まれていました。近年、樹皮を剥ぐ職人の減少や気候の変化により、桜皮の採取量は減少傾向にあります。そして同じように、樺細工をつくる職人も減少しています。そんななか藤木伝四郎商店では、樺細工の産地とその文化を守るために「伝承」に囚われず、製品展開や販売方法を時代のニーズに合わせて変えていくことで、樺細工の産地であり続けるという「伝統」を継承しようとしています。

角館 伝四郎について

『角館 伝四郎』は1851年(江戸時代嘉永四年)の創業以来、高品質な樺細工を作り続けている「藤木伝四郎商店」のブランドです。表情豊かな桜皮の質感を大切にし、樺細工を取り入れることでくらしが華やぐような、真正なものづくりを続ける姿勢には、初代伝四郎の「品を磨き、信頼を磨く」という精神が受け継がれています。「伝統は革新である」を理念に、国内、海外という概念にとらわれない、世界を視野にいれたものづくりに挑戦することで、樺細工の産地を守り、次の世代へ受け渡すために歩を進めています。

技術・素材について

樹皮を綺麗に手で剥ぎ取る「樺はぎ」の際は、幹の3分の1以上の樹皮を残しておきます。そうすることで、山桜が枯れることはなく、その樹皮を再生させるため環境に優しい素材といえます。再生した樹皮は「二重皮」と呼ばれる貴重なものです。約2年間乾燥させた後の加工には、茶筒のような「型もの」、箱を成形する「木地もの」、磨いた樺を重ねて厚みを出し、さまざまな形に彫刻する「たたみもの」と呼ばれる3つの技法を用います。成形には熱した特殊なコテが使用されます。

「伝統は革新である」という理念をかかげ、今までの樺細工製品・販売の方法にとらわれず新たな挑戦をし続ける藤木伝四郎商店。現代のくらしにマッチするような、桜皮と異素材を組み合わせる新たな挑戦も。かえでやくるみなど異なる木材を組み合わせた茶筒。さらには桜皮に牛本革を重ねた名刺入れや財布も。樺細工を身につけることで、だんだんと樺細工と牛本革の表情が変わりツヤが増す。樺細工と共に日々歩み続けることができる、そんな愛着湧く製品が展開されています。
守り続けた技法で、現代のくらしに新しい潤いをもたらす樺細工を。時代のニーズに合わせて変わりながら、樺細工の産地としての伝統を守ろうとする藤木伝四郎商店は今、角館を飛び出して日本、そして世界に、愛され続けてきた桜の華やぎを届けようとしています。