考え抜かれた一枚の木皿のはなし。

取材・写真:岩井 巽(東北スタンダードマーケットディレクター)

究極のパン皿とは?

朝ごはんはお米派か、パン派か。僕はコーヒーを欠かさず飲みたいので、パン派だ。では、パンはそのまま食べる派か、トーストする派か。僕は必ずトーストすると決めている。

このコラムを読んでくれている人の中に、同じトースト派の人がいれば、ぜひおすすめしたいことがある。それは“トーストには木のパン皿を使うこと”だ。

 

冬の寒い朝方、熱々のトーストをパン皿に乗せたときに、裏側がびしょびしょになるのがどうしても嫌だった。そこで吸湿性のある木のお皿に変えてみたところ、そのストレスがなくなったのだ。それに陶器のお皿は触った感じも冷たいが、木のお皿は冷っとせず、安心感がある。

とはいえ、木のお皿であれば何でもパン皿として適しているわけではない。木のお皿のほとんどは、「ウレタン」と呼ばれる塗料が上塗りされている。ウレタン塗装は木の上から“樹脂”でコーティングしている状態で、表面上はプラスチックの器を使っているのと同じ手触りになってしまう上に、木が呼吸できない。

吸湿性を活かすには、何も塗装していない白木の状態で使うのが一番良いが、それだと汚れがつきやすく、ちょっとしたことで染みになってしまう。例えば、うっかりケチャップがつくと、その部分がずっと赤くなってしまうことも。

この“木が持っている吸湿性”と”汚れにくさ”の両方を兼ね備えた木のお皿は、実は今まで世の中にあまり無かった。しかし、2019年2月に秋田県の佐藤木材容器から「KACOMI」という、全く新しい木のプレートがリリースしたのでぜひご紹介したい。

 

 

一見、なんの変哲もない木皿。実は、長い年月をかけた一枚。

佐藤木材容器は、昭和40年創業の秋田県五城目町にある木工房。「木材容器」という名前の通り、スーパーの惣菜コーナーで焼き鳥を並べるための備品としてのプレートなど、主に業務用トレイの製造をしてきた。現在の作り手である佐藤友亮(ともあき)さんは、稼業であるこの技術・機械を活かして、新しい製品が作れないかと考えた。その中で生まれてきたのが「KACOMI」シリーズだ。

友亮さんは、これまでのウレタン塗装や、焼き杉加工の仕上げの見直しを行った。木のお皿の良いところは、先に書いた”吸湿性”や、使い込むごとに色が変わっていく”経年変化”にある。その特長を無くさないために、様々な塗料を調べ行き着いたのが「ガラス塗料」だった。

 

食品衛生基準を満たしたガラス成分を含んだ液体を薄め、木の器に何度も吹き付けて染み込ませていく。そうするとウレタンのように塗膜ができず繊維の中まで液体が入り込み、表面の吸湿性を保ったままで汚れを防ぐことができるようになった。

しかし、このように書くと簡単な加工に思えてしまうかもしれないが、ガラス塗料は一般的にはまだまだ普及しておらず、その”薄め具合”をちょうど良い加減にするために、半年以上も試行錯誤したという。

 

更に、そのあとの仕上げも手を抜かない。塗料が乾いてきたのを見計らって、ヤスリでピカピカに磨き上げていく。紙ヤスリは番手が上がるほど細かくなる。一般的に木工では400番〜800番のヤスリで仕上げれば十分にツルツルになるところを、佐藤さんは2000番まで仕上げていく。「食器は毎日手に触れるものだからこそ、すべすべであってほしい」という想いからだ。

使う木材は樹齢60年以上の「秋田杉」。杉は成長が早く、15年程度で建材としては使えるようになるが、30cmを超えるプレートを作るためには、この樹齢まで待つことが必須。長い年月をかけて材料となる。更に、秋田の杉は寒さや雪によってゆっくりと成長するので、その分きめ細かな年輪ができるそうだ。陶器の5分の1という軽さを活かしながらも、十分な耐久性を持つ。

 

 

大きな器を囲む食卓を取り戻す

更にもう少し製造の工程を巻き戻すと、一枚板からお皿を切り出す加工は、実は完全に機械で行っている。木の汁碗などは、一般的には「ろくろ」と呼ばれる回転台と刃物を使い、手作業で削っていく。そのため、大きなプレートなどをつくるには一苦労する。

一方でKACOMIは、刃物を先端につけた大型機械が加工をするため、大きなものでは75cmのプレートも切り出すことができる。その昔は、大きな木のお皿は「のみ」という刃物を使って、地道に彫り進めて作っていた。そんな時代の「みんなで一つの大きな器を囲む食卓」を、現代の技術で取り戻している。

 

このように、シンプルでありながらも考え抜かれた工夫が詰まった「KACOMI」。

秋田の自然が生み出した良質な素材と、先代が築いてきた工房の長所をうまく料理した、三代目・佐藤友亮さん。手数は少なく、それでいて緻密さを宿らせた「KACOMI」を、ぜひ手にとって使ってみてほしい。