使う人のために黒子に徹する、鉄瓶職人のはなし。

子供の頃から「やかん」が好きだった。

ぐつぐつ、ぼこぼこ音を立ててお湯が沸く様子はおもちゃのようで、小さい頃の僕の目には、家具や食器とは違うものとして写っていた気がする。
お母さんに「熱いから触っちゃダメ」と叱られながらも、ぼうっとコンロを眺めていた僕みたいな子どもが、全国に少なからずいたのではないだろうか。

大人になって、工芸・ものづくりに関わる仕事について、様々な道具を自分の生活に取り入れる中でも、幼少期の感覚を想起させる「鉄瓶」には特に惹かれるものがある。
自分はすべてをアナログに暮らしたい派ではないので、バランス良く家電も生活に取り入れているが、それでも電気ケトルだけは買ったことがないのはそのためだろう。

東北は鉄瓶の産地が多いことで有名なエリアだ。岩手県内では盛岡市と奥州市、山形県内では山形市が主な産地となっている。古くは八戸市でも鉄器を製造していた説も残る。

もともとは京都から鉄瓶づくりの職人がやってきて、東北に技術を残していったとされているが、現代では京都よりも東北の鉄器工房の方が多い。

雪解けの3月、盛岡市内の鉄瓶工房「紅蓮堂(ぐれんどう)」を訪ねた。職人の葛巻元(くずまきげん)さんが、お一人で鉄瓶を製造する工房だ。

 

鉄瓶をつくるたび、犠牲になるもの

葛巻さんの工房は自宅と繋がっているため、一人分が作業するスペースだけのコンパクトな設計だった。粘土の型、ふた・つまみの細かいパーツ、金物などが所狭しと置かれ、秘密基地のようでワクワクする空間だ。全てが土間のため、久々にスニーカーが土を踏む感触が心地良かった。

鉄器・鉄瓶は総称して「鋳物(いもの)」と呼ばれる。金属を溶かし、型に入れて固めて形にすることが、鉄器の作り方の前提となる。

鋳物は大きく分けて「型作り」→「金属の流し込み(鋳込み・いこみ)」→「仕上げ」の3ステップで製造される。工房の中では、金属を溶かしたり、流し入れるといった大掛かりな作業はできないため、型作りや仕上げといった緻密な作業がメインとなる。

工房に伺った日は「型作り」の作業をしているところだった。

棚に並ぶ、黒い焼き物のようなふっくらとしたパーツが気になった。

「ここに並んでいる型は『中子(なかご)』と言うんですよ。そしてこっちが外側の型なんです。」

型作りの工程では、金属を流し入れる下準備のために、外型と中子、そして注ぎ口をパーツごとに土で作る。中子は粘土のようにもろくできていて、鉄が固まったあとに崩して捨ててしまうパーツだ。

たくさん並んでいるが、これらは鉄瓶を作るたびに1個ずつ犠牲になってしまう。それでも、中子の形に歪みがあると、完成する鉄瓶の形にも歪みが出るので、手を抜けない。

葛巻さんは「試しに一つ、中子を作ってみましょうか」と言って、実際の作業を見せてくれた。

型の下半分に土を盛り、手の感覚だけで「ど真ん中」にもう半分の中子を乗せた。

「これってずれたらどうなるんですか?」
「ずれたら、鉄が流し込む隙間が無くなるので失敗ですね……。ここ、見てみてください。」

長年の感覚で「ど真ん中」に置かれた型同士の「鉄が流し込まれる隙間」は、わずか2mm。ここに鉄が入ることで、卵の殻のように薄く、美しい鉄瓶ができる。

実際に流し込みの工程になるまで仕上がりは読めないため、20個作ったら1個は失敗してしまうそう。工房の隅には、失敗した鉄瓶が積み上がっていた。

葛巻さんは、盛岡市内の鉄瓶工房に10年師事し、紅蓮堂として独立してから今年で5年目。それでもこの作業には神経をすり減らすという。

 

生涯つくり続けるかたち

生涯職人を貫くことが多い工芸の業界の中で、職人歴15年の葛巻さんはまだ若手に入る。しかし、その丁寧で謙虚なものづくりが認められ、日本民藝館の奨励賞を受賞するなど、着実に評価を得ている。

紅蓮堂の鉄瓶のラインナップは、仕上げやサイズによってバリエーションはあるものの、基本的な形はたったの5種類。一度世の中に出したら、よっぽどのことがないと大きな変更はせず、生涯同じ形を作り続けることを意識しているという。

形を決める際は、まずは図面を引くことから始まり、ある程度の方向性が見えたら「金属のプレート」におこす。このプレートを円周上に回転させながら形を作っていく。派手な形には寄せず、作品ではなく日常の道具としての鉄瓶の在り方が、葛巻さんの理想だという。

蓋のつまみには、南部鉄器に古くから使われる「虫喰い」という意匠が施されている。この穴空きがあることで、熱くなりすぎないので火傷しづらい。使う人への思いやりから生まれた工夫だ。

「今の時代に馴染むように形を考えるが、どこかに盛岡の鉄瓶らしさを残したい。自分自身が考えた形というよりは、南部鉄器らしい形を追求したい。」と葛巻さんは言う。

同じ形を作り続ける中でも、どうしても気に入らない箇所があれば、販売店や使い手に気付かれない程度に修正を重ね、少しづつ少しづつ良くしていく。

新商品が出ては消えていく今の市場の中で、それに逆行するものづくりの姿勢と見えない配慮は、黒子の職人そのものだと感じた。

 

作り手の気配が消えるとき

「仕上がりに厳しく、使う人に優しく」を貫いて生み出される紅蓮堂の鉄瓶は、そう多くは作れない。1カ月に世に出せる数は、たった20個程度だという。

1人の職人が生涯に鉄瓶を作れる数はごく僅かと考えると、そのうちのいくつかをお預かりして、売ることができるのは幸せなことだ。そして、受け取った使い手は、どうか一生ものにしてほしい。

どこまでも細やかな配慮が詰め込まれているが、表には主張してこない紅蓮堂の鉄瓶。長年使い込むうちに世代を超えて使い手が代わり、やがて誰が作ったものであったかも分からなくなるだろう。

重たい石をコツコツと積み上げるように、気の遠くなる仕事を担う鉄瓶職人の想いは、「あくまで使う人が主役」であること。

それは鉄瓶が沸かす濁りのないお湯のように、透き通ってあたたかな視点に思えた。

 

▷南部鉄瓶 紅蓮堂
https://tohokuru.jp/collections/glendo